2018/07/29

資産形成は貯金感覚でやればいいと思います

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衝撃的な発言がありました。
株式や債券に投資するインデックスファンドの積み立ては「預貯金の積み立てと同じ感覚」という意見は、上げ相場に慢心してリスク(ボラティリティ)を数字で見ていない証拠
だというのです。

本人の中では「証拠」と言い切るだけの根拠があるのかもしれませんが、それは示されていません。根拠のない証拠は採用されないというのは、みなさんご存知の通りです。

少し論理が飛躍しすぎているように思います。なぜそう考えるに至ったのか、順序立てて説明すべきでしょう。


何が「預貯金と同じ感覚」なのか

まずこの問題、預貯金に対する視点の相違に起因しています。しかも自らの定義を明示せずにいきなり殴りかかっています。

冒頭の発言者(A氏とします)は預貯金について、安全で、必ず増えていくもの(つまり、マイナスになることがない)であると定義しているように見受けられます。

また「預貯金」「投資」といったふうに二つを明確に区別しています。これもおそらく元本が保証されているかそうでないかという点においてではないかと想像できます。商品の特性に関しての視点と言えるでしょう。

この視点から見た場合、積み立て投資はリスクのある資産ですから、預貯金と投資は全く違うものであるというのはTrue(真)です。

この定義をもって短絡的に判断すると、

積み立て投資がこの調子で右肩上がりだと思ってる! リスクを数字で見ていない「証拠」だ!

となるのも無理からぬことかもしれません。

しかし物事には複数の側面があります。違う視点から見てみるとどうでしょうか。

積み立て投資も、預貯金にしても、これを給与所得から投入するための手法はどちらも「積み立て」ということになります。

投資信託の基準価額は増減しますが、その口数は解約しない限り減ることはありません。口数を積み上げるという点からすれば、これはまさに「預貯金と同じ感覚」と言っても良いのではないでしょうか。
(もちろん最終的に損失で終わることもありますよ)

簡単に言えば、リスクを理解している/していないに関わらず、口数を積み上げるという点に関して「預貯金と同じ感覚」という認識はぶれることがないのです。

そう考えると頭ごなしに決めつけるのはどうかと思えてきます。「貯金感覚」の評価軸がA氏とは違うのだから当然です。答えは両方ともTrueです。

言葉は誤解のないよう慎重に選ぶべきですが、それをもって言葉尻をとらえて脊髄反射的に攻撃しても良いとはなりません。(たとえ普段から仲の悪い人や、本人になんらかの鬱憤が溜まっていたとしてもです)

おそらくA氏は、楽観論が支配する状況を常日頃から苦々しく思っていて、注意を喚起するつもりでの発言だったのではないか(好意的解釈・・・)と思いますが、違う視点から見た場合のフォローはすべきだったのではないかと思います。

なお、直接侮辱の言葉を投げかけているのも後から知ってしまいましたがこれは完全にやらかし案件だと思います。余談です。


自分はこれからも貯金感覚で積み立てます

なぜなら、

『資産形成』は地道に積み上げることでしか為し得ないからです。

預貯金も投資も資産形成の一部を担う存在でしかありません。もっと大きなくくりである資産全体で見るべき、とA氏も著書で述べていたはずです。

収入から支出を除いた残りをひたすら積み上げていく、この地道で気の長い作業を貯金感覚と言わずしてなんと言うのでしょうか?

もちろんリスクがあるということと、最大どの程度損失の見込みがあるのかをある程度理解しておくことは必要だと考えます。

むしろそのようなリスクを理解した上で、どうしたら「預貯金感覚」で資産形成を継続できるかということを考えるのが、資産形成において大切なことではないでしょうか。

投資という面や、一点をクローズアップしすぎると、資産形成という目的を忘れてしまいがちです。(人生計画においても、このようなネット上での言い争いにしても)


まとめ

  • 預貯金感覚で積み立てることは何もおかしくない
  • 違う意見には必ず違う視点がある。
  • ツイッターは感情のメディア。書き込む前に深呼吸して読み返そう
  • 自分が正しいと思っても相手をぶん殴って良いわけではない
  • そもそも、他人がどのような気分で投資しようと関係ない

以上です。よい人生をお過ごしください。
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